史跡池上曽根遺跡について
泉大津市曽根町、和泉市池上町などに広がる、弥生時代に営まれた集落遺跡です

場 所 大阪府泉大津市曽根町、和泉市池上町ほか
史跡指定 1976年4月26日(1978年11月15日、1993年2月5日追加指定)
指定面積 115,000平方メートル
公園面積 35,000平方メートル(第1期整備範囲)
復元建物
大型掘立柱建物、大型くり抜き井戸、竪穴住居、
小型掘立柱建物、 遺構復元(環濠、竪穴住居、祭祀遺構ほか)
池上曽根遺跡の成立と展開
集落の成立
弥生時代前期中頃~後半(紀元前5~4世紀ごろ)
南北250m、東西180mの環濠を巡らせた地域に、人々が暮らし始めます。
地域の中心的集落
弥生時代中期前半(紀元前4~3世紀ごろ)
南北310m、東西300m以上の環濠を掘削し、7万平方メートル以上に広がる環濠内で人々が生活をしています。環濠を掘削するための人員とそれを統率する力を備えた集落であることがわかります。
集落の最盛期
弥生時代中期後半(紀元前2~1世紀ごろ)
環濠が二重に巡る集落となり、集落の中心部には弥生時代最大級の大型掘立柱建物、大型刳り抜き井戸がつくられ、周辺集落のシンボルであったと考えられます。

大型掘立柱建物と大型くり抜き井戸の遺構
集落の縮小と解体
弥生時代後期(紀元1~2世紀ごろ)
これまでの大規模集落の姿を失い、少数の家族単位のまとまりが散在する状態に様相が変化する。
池上曽根史跡公園
復元された弥生の建物群
1999年に復元された大型掘立柱建物とくり抜き井戸に続き、2000年までに合計7棟の建物、2001年までに各種の遺構の復元を行い、2001年春に開園しました。
大型掘立柱建物と大型くり抜き井戸の復元
1995年に発見された大型掘立柱建物と大型くり抜き井戸は、2年の検討と2年の復元工事を経て、1999年3月に復元されました。復元案は、考古学、建築史、民族学などからの考察と、土器に描かれた建物絵画を参考につくれられました。屋根回りに取り付けられたあおり板や破風板には、弥生時代の土器などに描かれた文様から捜索したデザインが刻まれ、腰板には連作絵画によって池上曽根に暮らした人びとがこの地にやってきて、どう暮らしたのかをイメージした『池上曽根物語』をつづっています。
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「大型掘立柱建物」(愛称 いずみの高殿) ・床面積133平方メートル(約80畳) ・床高4メートル ・独立棟持柱9メートル ・全高11メートル ・屋根面積400平方メートル |
「くり抜き井戸」(愛称 やよいの大井戸) ・直径2.3メートル ・深さ2メートル
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史跡池上曽根遺跡の本質的価値
弥生時代を通じて営まれた、全国有数の大規模環濠集落
- 環濠が二重に巡る大規模な集落

- 集落中心に位置する、大型掘立柱建物と大型くり抜き井戸
- 祭祀、生産、生活の場を意識した集落の空間構成
- 活発な生産活動と流通拠点
- いまなお地下に眠る、多くの遺構、遺物
- 弥生時代研究における画期的な成果
保存と活用の計画
保存活用計画については、こちらから確認していただけます
弥生時代の稲作体験ができる、体験のひろば
整備が進む史跡公園(2026(令和8)年の様子)
地図情報
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更新日:2026年03月31日