ロシア兵墓地

更新日:2023年08月01日

明治37年~38年、多くのロシア兵が日露戦争で捕虜となって日本各地に収容され、高石の海岸につくられた収容所にも、多いときには2万人もの捕虜が収容されていました。地区の住民が異国の地で寂しく死んでいった兵士のために、自分たちの墓地のうち約600平方メートルを提供して造り、現在も春日町墓地の中に89基の墓石が並んでいます。

また、墓地の中央付近には、当時のロシア政府によって建てられた五稜の石碑があり、ロシア語など5か国語で「御霊よ、安らかなれ」と刻まれています。

ロシア兵墓地

地図情報

この記事に関するお問い合わせ先

秘書広報課
みなさまのご意見をお聞かせください
このページの内容は分かりやすかったですか
このページは見つけやすかったですか
このページに関してのご意見がありましたらご記入ください。

当フォームは、返信不可能のため、ご質問にはお答えすることができません。