古地図でみる泉大津市

戦前(昭和4~9年)

すでに南海、JRの二本の鉄道が通っていましたが、市街地は少なく、特に泉大津駅西側に集中していました。臨海部は、自然の海岸線であり、市域も農地が多く、ため池が多数存在しています。

資料:国土地理院2万5千分の1地形図(堺昭和4年、岸和田東部昭和9年)

資料:国土地理院2万5千分の1地形図(堺昭和4年、岸和田東部昭和9年)

戦後(昭和22年)

南海本線と海岸線の間に、市街地が拡大しています。また、大津港の整備が進められているのが分かります。内陸の市域については、戦前と同じように農地のままの状態です。

資料:国土地理院2万5千分の1地形図(堺昭和22年、岸和田東部昭和22年)

資料:国土地理院2万5千分の1地形図(堺昭和22年、岸和田東部昭和22年)

高度成長期(昭和42年)

臨海部は埋め立てられ、自然の海岸線が減少しています。内陸部は、まだ大部分は農地のままの状況ですが、よくみると大きな敷地の工場が出来、市街地が内陸部に拡大しています。海に近い西側から、ため池が埋め立てられています。

資料:国土地理院2万5千分の1地形図(堺昭和42年、岸和田東部昭和42年)

資料:国土地理院2万5千分の1地形図(堺昭和42年、岸和田東部昭和42年)

石油ショック後(昭和55、56年)

臨海部の埋め立てが進み、自然の海岸線はなくなってしまいました。内陸部にも市街地が拡大し、ため池や農地も、ほとんど見られない状況です。市域西側では、国道26号の工事が進められています。

資料:国土地理院2万5千分の1地形図(堺昭和55年、岸和田東部昭和56年)

資料:国土地理院2万5千分の1地形図(堺昭和55年、岸和田東部昭和56年)

バブル後(平成5年)

臨海部の埋め立てはますます進んでいます。また国道26号、阪神高速湾岸線も完成し、内陸の市街地の道路も整備が進み、市街地の密度も高くなっています。

資料:国土地理院2万5千分の1地形図(堺平成5年、岸和田東部平成5年)

 資料:国土地理院2万5千分の1地形図(堺平成5年、岸和田東部平成5年)

お問い合わせ
まちづくり政策課
電話番号:0725-33-1131(代表) ファクス:0725-22-6040

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