式内町(しきないちょう)

昭和19年、宇多の一部を町名改称。地内字粟戸には、宝暦7(777)年の創建と伝えられた延喜式内社「粟神社」があったことから「式内町」と名づけられました。粟神社の祭神は「天太玉命」を祀り、「粟直」の祖という。安房国「安房神社」と同神であり、義経を庇護した和泉三郎(藤原忠衡)より石燈籠一基を奉献される(泉大津市年代記)など、古くから崇敬を受けたが、度重なる戦乱を経て、江戸時代には俗に「粟堂」という小堂を残すのみとなる。天保期には荒廃はなはだしく、明治41年大津神社に合祀されている。現在、「府営式内住宅」横ヨシミツ毛織前水路沿いの道を南海尾本線のほうに少し入ると式内粟神社跡碑が建てられている。

 

 

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