東助松町(ひがしすけまつちょう)

「東助松町一丁目~四丁目」は、昭和48年2月1日住居表示実施により、南海本線以東の助松の一部に新設される。

北助松駅から東に伸びる道筋は、昔は「布引の道」呼ばれ、助松より聖神社に至る幅八尺の大道で、「信太大明神が助松浜に上陸の際に信太郷まで布を引いたためこの名がある」といい、江戸期には「上代道」、大正期には「中和泉街道」と呼ばれ紀州街道角に道標が建っている。

東助松町三丁目には、「上条小学校」が建つ。初め、明治5年助松海蔵寺に創立され、明治8年助松蓮正寺本堂に「助松小学」として移転、明治26年「上条小学校」と改称、明治42年現在地に新築移転している。南海本線から森・二田にかけては一面の田園地帯の中に小学校があり、昭和30年以降府営東住宅が「助松新池」を埋め立て建設され、その後住宅開発が進んでいる。