二田町(ふつたちょう)

二田村は、江戸期~明治の村名。明治22年合併、上条村の大字となる。昭和6年大津町の大字、昭和17年泉大津市の大字となる。明治8年戸数42戸、9年人口223人。

地名は、物部氏一族の「二田氏」に由来する。物部氏の祖神饒速日尊(にぎはやひのみこと)降臨の際、従った「二田造」「二田物部」(旧事本紀)の子孫といわれる。明治42年曽根神社に合祀された「二田国津神社」は、地内字大門の地にあり、江戸時代には「天神社」と呼ばれていましたが、正応2年(1289年)の「和泉国神名帳」に「従五位上二田国津神社」の記載があり、明治初年に「二田国津神社」に改められた。

寺院は、浄土宗蓮華寺がある。

新池の西側「字大門」は二田国津神社跡であり、「府全志」ではここに堀跡が残り「二田城」のあった所といい、古池公園の二田「南古池」は、森古池と並んで築造の古い池で、里伝では『往時二田物部の掘りしものなり』という。

泉大津税務署は昭和22年に設置されたが、昭和23年12月二田に新築移転する。

「二田町一丁目~三丁目」は、昭和46年9月1日住居表示実施により、助松の一部を含め新設される。

 

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